あげまんになりたい。
わかる。
めちゃくちゃわかる。
でも、あげまんって、
努力でなれるものではないのだ…
ーーー
あげまんを目指すほど、さげまんになる
あげまんって、
なんかいつもニコニコ笑顔で、
元気というか、明るくて。
悩みもなさそうで。
だから私も って、
彼の前では笑顔でいる!
明るいオーラを振りまく!
ほんとは悩みも不満もある。。でもそんなの暗くなっちゃう!
ダメダメ!
だってこれが愛され女子のあるべき姿でしょ???
意外と、これってできちゃう。
24時間、一緒にいるわけじゃないから。
彼と離れてから、ジメジメと悩み、
彼と一緒にいる間は、努めて明るく穏やかに。
意外とできちゃうから、
この方向の努力でいいんだと思ってしまう。
さて、
彼がもし、
最近思ってること、ある?
と聞いてきたら、どうだろう。
聞いてくれえるんだから、
実は思っていること、悩んでいること、
ぜーんぶ言えばいい。
だけど、言えない。
言いたくない。
なぜなら、
そんなことで?と思われたくない。
いつも明るいのに意外と!?とか思われたくない。
ていうか、なんか言いたくない。
あれ?そもそもモヤモヤの正体を言葉にできない…
口に出したら、めちゃくちゃ重くなってしまいそうで、
いつも明るいねと言われる私が、
いつもニコニコ可愛いをめざす私が、
実は色々と心にどぐろを巻いているんです
なんて、
自分でも見たくない…
こんな内面のままに
あげまんを目指しても、
むしろ、
逆に、
この内面と外面の大きなギャップから、
さげまんオーラ
を感じないだろうか?
内面=外面の状態があげまん
本物(と私が思う)あげまんは、
自分が整っていることを大切にしている。
疲れたら、休む。
嫌だったら、伝える。
嬉しい時に、嬉しいという。
好きな人に、近づく。
苦手な人に、近づかない。
これって、
自分に湧く感情をちゃんと感じて、
それを認められているからできること。
嬉しくない時に、嬉しい!と言ったり、
疲れているのに、頑張ったり、
面白くないのに、笑ったり。
そうやって自分に嘘をつくことがない。
でも、その態度に嫌味もない。
なぜなら自分を大切にできているから、
どぐろが溜まっていないから、
自分の内面を誤魔化すためにエネルギーを使っていないから、
軽やかなのだ。
誤魔化したりもする。
濁したりもする。
でも、それも、
自分が言いたくないと思ったから
という、軽やかな理由なのだ。
努力の先に待っているもの
一方、
努力が滲む”あげまん風”は、
笑いたくない時にも、笑い、
やりたくないことを、やり、
思っていることは、隠し、
「自分の目指す、あげまん女」を思い浮かべ、
それに近づこうと必死に努力をする。
そう、私たちは、努力なら得意なのだ。
だからこそ、間違った方向でも頑張り続けてしまう。
しかし、
その方向性の努力には、どこかで終わりが来る。
すぐそばに待つのは、
いい女というレッテル
彼からの溺愛
かもしれない。
でも、そのすぐ後には、
辛くなる状態
しか待っていないのだ。
あげまんって、内面の状態が滲んでいるだけ
なのかもしれない
あげまんになりたい。
そう焦る気持ちは、とても分かる。
でも、いい女になろうとするほどに
どこか苦しく、
感情も麻痺しているように感じるなら、
それは、
努力の方向が違うのかもしれない。
笑いたくて、笑っているのか、
好かれたくて、笑っているのか。
本当はどうしたいか
自分に聞いたことはあるだろうか?
それを、相手に伝えられるだろうか?
▽恋愛シリーズ
