何をしても、不満だらけの人生

専業主婦になってみて、ずっと感じていた違和感があった。

それは、

私の人生が、私の人生じゃない

みたいな感覚。

専業主婦で、家事・育児しかしていないからかな?

と思って、パートを始めた。

自分で稼げさえすれば、社会に出てれば、

この感覚は消えると思ったから。

でも、働いてもその感覚は消えなかった。

むしろ、

こどもが熱を出すと私が休むしかないこと

お迎えも、家事も育児も全部私なこと

寝かしつけの頃に聞こえてくるテレビと食器の音

上げ出したらキリがないほど、不満ばかりだった。

働くという主体性を持ったのに、

なんだろう、このサブ感。

って。

私がサブなのは夫のせい?

最初は、夫の仕事が忙しすぎるせいだと思っていた。

本当は、

休みたいし、

ワンオペしんどいし、

子供抜きで遊びに行きたいし、

こうしたいがたくさんあるけど、

夫は忙しいんだから仕方ない

そう思うしかないじゃん

って、一人で我慢していた。

同時に、

夫はやりたいことやってるのに、

なんで私は全部我慢するしかないの?って、思ってた。

そう思いながら、

いつもお疲れ様〜と夫をねぎらっていた私は、

もしかして、

悪いのは夫じゃなくて、

我慢しちゃう私…?

薄々そう感じるようになった。

私の中の前提が、私をつくっていた

専業主婦でも、働いていていても、

同じ感覚が続いたのは、

我慢しなきゃ

遠慮しなきゃ

なるべく頼まないようにしなきゃ

そういう前提があったから。

外側を変えても、何も変わらない

とはこのことで、

専業主婦がサブなのではなく、

私が、自分をサブにしていた。

できないと言う=相手の負担?

そしてもう一つの思い込み。

本当はこうしたい

これ以上できない

と言ったら、

私ができない分を、夫がやるしかない

と思っていた。

相談した時点で、

相手の負担になると決めつけていた。

でも、本当は、

私が、できないと言うのも当たり前

夫が、できないと言うのも当たり前

その前提があれば、

相談は負担じゃなく、

”一緒に考えること”

になる。

今のわたし

それに気づいてから、

本当はこうしたい

を全部書き出した。

そして、どこなら夫にお願いできるか考えて、

言葉を選んで伝えてみた。

ちゃんと自分の中で冷静に考えてから、夫に相談した。

それでも、

全て私の思い通りのやり方にはならない。

でも、我慢して、夫の人生に合わせる人生じゃなくなった。

ちゃんと、自分で選んでる。

たぶんこれからも、

違和感が出てきたら、

ちゃんと見て、言葉にして、

選び直していくんだと思う。

そうやって、現実と、自分の気持ちを、

交互に見ていく。

ずっと我慢人生だった私は、

そうやって少しずつ、

生きやすく、楽しく、

なってきている。