これをされたら、本命

こう言われたら、本命

世の中にはさまざまな”本命の基準”が転がっている。

果たして、

その基準は誰の、何のためにあるのだろう。

誰にでも当てはまる基準なんて存在しない。

だけど、

今の関係に安心したくて、

愛されている確信が欲しくて、

どこかで拾った基準を持ってくる。

その基準ひとつひとつに、

好きな彼を当てはめ、

”これはされてる。

 大丈夫、私、ちゃんと愛されてる。”

またあるときは、

友達の惚気話を聞いて、

”私の彼はそんなことしてくれない…

 彼からの愛は「薄い」の…?”

目の前の相手の言動全てを、

曖昧な、

でも頭にこびりついた基準を持ってきて、

愛を測る。

_”私、ちゃんと愛されてる?”

気づけば、

全て足りないように感じてくる。

二人の関係は、自由のないところで、

どんどん硬くなっていく。

誰が決めたのかわからない基準に翻弄されていては

見えてこない層がある。

それは、

私らしさと彼らしさで繋がる関係。

こっちはすごく柔らかい。

どこまでも深くなっていける。

この層で大切なのは、

自分の感覚。

彼がしてくれたこと、言ってくれたことを、

私は、どう感じた?って、

自分の内側へ持って帰る。

嬉しかったのか、悲しかったのか、

楽しかったのか、退屈だったのか。

彼と居て、

心地よい気持ちになれるなら、

安心していいってこと。

悲しくなったことを伝えて、また安心できたなら、

愛されているってこと。

愛されているのか。

大切にされているのか。

その基準は、本当は自分の心の中にある。

誰かに、「愛されてるね」って言われるより、

「私は、愛されてる」って思いたいなら、

少しずつ、外の基準を手放してみよう。

その分、自分の体感、呼吸、安心感に耳を傾ける。

そしていつの間にか、

自分の感覚だけで

相手を見れるようになる。

あなたはもっと素直に受け取れるようになって

彼はもっとあなたに愛情を伝えたくなる。