もう無理。で、
気持ちを伝えるしかなくて、
話そうとする。
すると、じわじわと涙が溢れてくる。
声が震えてくる。
泣きたいわけじゃないし、
悲しいわけじゃない。
泣かないって決めて話し始めるのに、
絶対に涙が出るから、
私の繊細さとか、感受性とか、
そういうせいなのかなって思ってた。
そこも関係してるかもしれないけど、
ひとつ、見ておきたいところがあった。
ーーー
泣きたいわけじゃない、なのに涙が出る
自分の気持ちを伝えると決めて、
あのさ…と話だす。
途端に、途端に声が震えてきて、
泣きたいわけじゃないのに涙がじわっと溢れる。
また泣くのか、私は…
なんて思いながら、心を落ち着けようとしながら
話し終えると、
すごくスッキリというか、
やっと言えた…みたいな開放感がある。
なのに、後になって、
なんでまた泣いたんだろう。
話したことって、泣くほどじゃなかったなと、
自分が大袈裟のように思えてきて、嫌になる。
あの時の、辛い気持ちとか、悲しさとかは、
本物だったのに。
泣く必要のない話だった
ある時、いつものように
ポロポロと涙を流しながら話し終わった後、
ズーンと沈むパートナーの姿を見て、
また落ち込まれてしまった…
気持ちを伝えたかっただけなのに
と思った。
そして、吐き出して冷静になった私は、ふと、
なにも、泣きながら言わなくてもいい話だな
と、初めて思った。
溜め込んだ気持ちの圧
今までは、
なんでまた泣いちゃったんだろう
っていう後悔ばかりで、
初めての自分への問いだった。
さらっと、言えば済む話のことを、
なんで私は泣きながらあんな大袈裟になるんだ?
と。
でも、確かに私の嫌だっていう気持ちは本物で、
そのことで、何度もモヤモヤし、
軽く、やめてよ〜って言っていた。
それでもやめてくれなくて、
なんで私の気持ちを考えてくれないの?
って、その度に悲しさが募ってた。
これだ
って思った。
私は、
我慢して、
軽く伝えて、
また我慢して、
そうやって積み重なったモヤモヤの圧が、
真剣に話すときに
グーッ
と上がって、涙となって溢れるのかもしれないと。
真剣な会話の時に目指すのは、
”泣かないように話す”
じゃなくて、
”泣くほど溜め込む前に、話す”
なのかもしれない。
”やめてよ”が届かなかった理由
でも、初めてそのことに触れるわけじゃない。
ずっと前から、
何度も、
それこそ最初は「やめてよそれ〜」
くらいの、軽く、言えていたはず。
それでもやめてくれなくて、
「それ嫌なんだけど」
「ほんと、やめてよ」
そうやってどんどん口調がキツくなっていって、
伝わらないって諦めて、
我慢して、
相手の個性として受け入れようって、耐えてた。
やめてよって言ってる時の私、どういう気持ちだったっけ?
って思い返してみた。
自信のない”嫌だ”
確か、
自信がなかった。
自分が不快だからと変えてもらうのが申し訳ないような、
どう嫌なのかも言葉にできないような、
やめてよ だけで変わってよ、お願い
って思ってた。
それって、きっと、届かない言い方だったはず。
”どうやら自分の行動で不快な思いをさせているようだ”
それしかわからなかったはず。
どこがどう嫌なの?
って聞かれたら、はっきりとここがこうだと言えなかったし、
はっきりしていても、それをはっきり伝えられなかったはず。
真剣な気持ちに、涙はいらなくなるかもしれない
それが分かった今、
少し嫌なことが起きるのが楽しみでもある。
次は、ちょっと引っかかった時点で
ちゃんと言葉にできそうだし、
その後に、軽く、
こう思うんだよね〜
と言える私を想像できる…気がする。
それって、
我慢はもうしないって決めたからで、
自分の感覚に自信がついたからで、
感情を言葉にできるようになったからなんだ。
