”なんかダメな気がする”で、選択を避けるとき、
何を避けているんだろう。
なんかダメの前にもってくる、それっぽい理由
理由はうまく言えないけど、
なんとなくやめといた方がいい気がするやつ。
それは、
今までのコミュニティでは、
当たり前に避けていたこと
だったから。
だから、
ダメな理由とか、やらなかった理由なんて考えたことがない。
でも従ってしまう。
やりたいか、やりたくないか、
それ以前に、
やめとく枠
できない枠
に入っている感じだった。
でも、そんな曖昧なまま避けることができない。
だから、理由をつけた。
体に悪いから
お金がもったいないから
ちゃんとしてないから
リスクがあるから
全部、後付けだった。
後付けの理由を使って、いつものように避けて、
それは、
ちょっと退屈になる選択だった。
なんかダメの正体
本当は、
ただの怖さだった。
この選択で、体を悪くしたらどうしよう
この選択で、お金がなくなったらどうしよう
冷静に考えたら、そんなこと起きないのに、
なんかダメな気がする
を、
なんで私はダメだと思ってるんだろう?
そう考え直したら、
怖かったのかも、でも全然怖くないじゃん
って思うようなことばかりだ。
自分は自分、他人は他人
今までは、
自分で選んでいる
と思っていたけれど、
怖くない、安心な方を選んでいただけだった。
そういう選択の仕方をしている時、
自分と違う選択をする人を見て、
自分と違うやり方をする人を見て、
どこか、非難したくなる。
でも、自分の基準に誠実に選べるようになると、
「自分は自分、他人は他人」
その言葉が沁みてくる。
「なんかダメ」
その声は、本当の自分の声だろうか?
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