できる側にいないと、不安になっちゃう私は、
いつもどこか誰かと比べたくなる私は、
なんて性格が悪いんだ…
って思ってた。
分かりやすいマウントを取ることはなかった。
でも、
心の中で、マウント取ってるじゃん…って、
自分に萎えてた。
私の中で、その行動は、
自分が、
上か、下か
を知るためではなく、
自分が、
分かりやすい有利な方か、そうじゃない方か
だった。
分かりやすい有利
っていうのは、
できてる方
点が上になる方
可愛い方
そんな感じの、
世間から見て、
「得と言われそうな方」
だった。
それを持っていれば、周りがいいね!っていう方。
いいね!って言われたかったわけじゃない。
いいね!って言われる方を、自分が、ただ求めていた。
だから、自分には向上心があるって思ってた。
分かりやすい、有利な方を目指す自分は、
嫌いじゃなかった。
だから、どんどん「いい方」を目指した。
その道中、誰かと比べてできてる方側だったら安心して、
のびのび振る舞えたし、
誰かと比べてできてない方だったら、なんかムズムズして、
恐縮しちゃう感じだった。
コレって完全にマウント取ってるよね?
そう思って、比較したくなる自分は嫌ってた。
でも、不思議だったのが、
その比較するところが、人によってバラバラだったこと。
今思うと、
できてる方
にいけそうな部分を、探して、比較していた。
それって、不安だからだよね。
あの頃の私は、
”できる方” ”いい方”
に立てている自分を見ると、
安心していた。
安心が、欲しかった。
その安心をもらえるのは、”できる方にいる自分”を見れた時だけ。
だから、比較したかった。
安心したくて。
やらないようにしようって思ってるのに、
無意識レベルで比べてホッとしたくなるのは、
仕方なかった。
だって、そうじゃないと、
安心できなかったんだから。
そんな私に、本当に必要だったのは、
できる自分をもっともっと追いかけることでもないし、
比べたくなる自分を責めることでもなかった。
性格悪いとかじゃないよ
って初めて自分に声を掛けることができた日、
いつも頑張ってる自分の裏にいた、
不安そうな自分を見ることができた。
