「情報の共有」

って、どのタイミングで、どこまで言えばいいか

が全然分からなかった。

でも、きっと考えるのはそこじゃなくて、

[自分の結論]

だけでよかった。

ーーー

私は昔から話がごちゃごちゃしていた。

仕事でもそう。

私が話し始めると、

上司は、「で?どうしたいの?」という顔になった。

最近気づいたのが、

私は話がまとまってないんじゃない、

自分の希望を言ってないんだ

ということ。

自分だったらこうしたいな、は心の中にあって、

でもそれを出さず、

相手はどうしたいかな?

をまず考えていた。

例えば、

遊ぶ前日に、子供のお腹が少し緩い気がした。

早めに、一応言っておこうと、

ちょっと緩いかも〜とラインを入れる。

それは、相手への気遣いのつもりだった。

朝、いきなり無理になったと言われるより、

心構えできたほうがいいよな

みたいな。

でも、私はどうする予定でいるか?

を言っていなかった。

きっと、相手は、

え?どうなるんだろう?と逆に困惑していただろう。

私に足りないのは、

自分の結論だった。

私はずっと、

自分の気持ちを言う前に、

相手の気持ちを予想していた。

嫌かもしれないな

迷惑かもしれないな

こうして欲しいかもしれないな

でも、考えても、わからない。

だから、こちらの状況を渡して、

相手に決めてもらおうとしていた。

思いやりのつもりで。

でも、それは優しさじゃなかった。

思い返せば、

付き合いやすい人は、自分の気持ちをずばっと言える人だった。

きっとそういう人たちは、

ちょっと怪しいかもなんだけど、今のところ行く予定だよ

気になるようなら、言ってね

というように、

状況と、自分の結論と、相手の配慮をセットにするだろう。

それからは私も、

今、こういう状況で、

私はこうしたいなと思ってるよ

というように伝えることを心がけている。

つい、

相手はどうかな?

と考えたくなるけど、

相手も、当たり前だけど、

こうしたい

があって、

ちゃんと言ってくれる。

なんだか、あんなに考えてたのはなんだったの?

と、拍子抜けだ。

相手を思いやることと、

相手を基準にすることは、似ているようで違う。

まずは自分の”こうしたい”という気持ち。

それから相手の気持ちを聞けば、

それで十分、思いやりになっていた。